動画マニュアル作成環境
麻布大学教務DXプロジェクト - オンデマンド配信用動画制作環境の構築
はじめに
教務DXプロジェクトでは、そのミッションの一つとして、教務DXプロジェクトにて導入したシステムや、学内で新たに使用可能となったアプリケーションについて、動画による解説やマニュアルを学内に提供することとしております。
従来のオンライン動画では、スライドと出演者が分離されていたり、出演者の操作が見えにくかったりする課題がありました。しかし、新しく構築した撮影環境では、出演者がタッチペンなどを使いモニター画面を介して資料を編集すると、その編集内容もリアルタイムに録画されるという、まるで対面授業のような臨場感を実現しています。出演者とIWB画面、そして出演者の操作動作が一体的に録画されることで、視聴者にとって格段に理解しやすい解説動画を提供できるようになりました。
本記事では、構築した撮影システムと、動画撮影環境の変遷について紹介します。


撮影動画の設計思想
目標
教務DXプロジェクトでは、マニュアル動画の作成において、演者の動作とスライドを1つの画面に収めることを目標とし、特にグラフを綺麗に映すため、スライドの中に演者が入り込むような動画を実現することを目指しました。
これにより、以下のような効果が期待できます。
- データやグラフの視認性を保ちながら、演者の表情や動作も伝えられる
- 演者がスライド上の重要なポイントを直接指し示すことができる
- 対面授業に近い臨場感のある解説が可能になる
機器・ツールの選択
この目標を達成するため、以下の3つの機器・ツールを組み合わせたソリューションを構築しました。
1. OBS Studio(Open Broadcaster Software)
映像や音声を統合してライブ配信や録画が行えるPC用の無料配信ソフトです。
主な特徴:
- 複数ソースの同時配信が可能
- 音声ミキサー機能
- 特殊効果の設定が容易
- 柔軟なシーン構成
2. NVIDIA BROADCAST
https://www.nvidia.com/ja-jp/geforce/broadcasting/broadcast-app/
NVIDIAのGeForce RTX GPUを搭載したPCで利用できる、AI搭載の音声とビデオの処理アプリケーションです。無料で提供されており、以下の機能を備えています。
- ノイズ除去 - クリアな音声を実現
- バーチャル背景 - グリーンスクリーン不要の背景合成
- オートフレーミング - 演者の動きを自動追尾
これらの機能により、ライブ配信やビデオ会議、ボイスチャットなどを強化することができます。
3. IWB(インタラクティブホワイトボード)
https://www.ricoh.co.jp/products/line-up/interactive-whiteboard
リコー製のインタラクティブホワイトボードを使用し、プレゼンテーション資料を大画面に表示します。演者が直接操作できる環境を提供し、画面上の操作がそのまま録画に反映されます。
システム構成
現在の撮影環境では、以下の機器を使用しています。

必要機器一覧
- PC 2台
- 動画制御・録画用PC
- 資料表示用PC
- Webカメラ 1台(LUMIX使用)
- USBケーブル 2本
- HDMIケーブル 2本
- ATEM PRO 1台(映像スイッチャー)
- IWB 1台(インタラクティブホワイトボード)
動画制御・録画用PCの役割
動画制御・録画用PC内では、OBS Studioが以下の要素を処理します。
- バーチャル背景(緑色)
- Webカメラ入力(NVIDIA BROADCAST経由)
- ATEM PRO入力(IWB表示+資料)
- 音声入力(Webカメラのマイク)
これらをクロマキー合成することで、演者がスライドに自然に溶け込む映像を実現しています。

システムフロー
撮影システムは以下のような流れで動作します。
映像・音声の流れ
ステップ1:資料の表示
- 資料表示PCがIWBにプレゼンテーションを投影
- IWBに表示された資料と演者の操作が一体化
ステップ2:映像の取り込み
- IWBの映像がHDMIケーブルでATEM PROへ送信
- ATEM PROからHDMIケーブルで動画制御PCへ入力
- Webカメラが演者を撮影し、USBで動画制御PCへ入力
ステップ3:映像の処理
- NVIDIA BROADCASTがWebカメラ映像を処理
- バーチャル背景(緑色)を適用
- 演者の動きを追尾
- ノイズ除去処理
ステップ4:映像の合成
- OBS Studioで以下の要素を合成
- NVIDIA BROADCASTからの演者映像(クロマキー合成で緑背景を透過)
- ATEM PROからのIWB表示
- 余白用背景画像
- 音声(Webカメラのマイク入力)
ステップ5:録画・配信
- 最終的な合成映像を録画
- または、リアルタイムで配信
OBS Studioの設定詳細

①ソースの設定
- ウィンドウキャプチャ
- NVIDIA BROADCASTを指定
- 演者の映像ソースとして使用
- 映像キャプチャデバイス
- ATEM PROの出力(IWB)を指定
- プレゼンテーション映像として使用
- 画像
- 任意の白画像を指定
- 余白部分の背景として使用
②フィルタの設定
ウィンドウキャプチャ(NVIDIA BROADCAST)に対してクロマキーフィルタを適用します。これにより、緑色の背景部分が透過され、演者だけが抽出されます。
③マイクの設定
Webカメラ(LUMIX)の内蔵マイクを音声入力として指定し、クリアな音声を収録します。
NVIDIA BROADCASTの設定
NVIDIA BROADCASTでは、以下の設定を行います。
- 映像ソース: Webカメラ(LUMIX)
- バーチャル背景: 任意の緑画像を指定
緑色の背景を使用することで、OBS Studio側でのクロマキー合成が容易になります。
その他の工夫
動画ちらつき防止
クロマキー合成の精度を高めるため、演者の服装色を調整しています。緑色の背景と同系色の服装を避けることで、合成時のちらつきや透過ミスを防ぐことができます。
動画撮影環境の変遷
この動画環境は、元々大学教育推進機構教学IRセンターで培われた動画撮影、編集ノウハウを発展させたものです。その教学IRセンターにおいては、2021年から現在に至るまで、試行錯誤を重ねながら動画撮影環境を進化させてきました。ここでは、その変遷をたどります。
2021年10月:シンプルな構成からスタート
初期の撮影環境は、シンプルな構成でした。
構成:
- リコー製IWBの前に演者2名が立つ
- Webカメラ1台で撮影
- ZoomまたはGoogle Meetで録画・配信

特徴:
- 設定が簡単で導入しやすい
- 演者とスライドを同時に撮影できる基本的な構成
この時期は、オンライン授業への対応として、まずは確実に動画を配信できる環境を整えることに重点が置かれていました。
2022年頃:複数拠点接続への挑戦
2022年頃には、より高度な配信を目指し、複数拠点を接続し、その様子を配信するシステムに挑戦しました。
構成:
- 大学と遠隔地施設の2拠点を接続
- 2系統のZoom 、Webex Meetingsを組み合わせた複雑な構成
- 各拠点にLogicool Webカメラを設置
- リコー製IWBをリアルタイムで共有
- 動画編集ソフトを介さずに複数箇所を同時配信

システムフロー:
- フィールドワークセンターのIWBに資料を投影(PDFをUSBメモリ経由で取り込み)
- 各拠点に設置したLogicool WebカメラでIWBを撮影
- 本館のIWBとフィールドワークセンターのIWBをZoom Aで共有
- 両拠点のIWBをそれぞれの部屋に設置したLogicool Webカメラで撮影し、Zoom Bで共有
- Zoom Bの画面をWebexで共有
成果:
- リアルタイムでの複数拠点共有を実現
- 画質・音質は良好

課題:
- システムが煩雑で、リハーサルが何度も必要
- 設定を誤るとハウリングが頻発
- 操作が複雑で、機器操作に2~3人が常に必要
- 運用の持続性に問題
この時期の試みは技術的には成功したものの、運用面での負担が大きく、より効率的な方法の模索が必要となりました。
2023年:編集重視へのシフトとAI活用
2022年の複雑な構成の反省を踏まえ、2023年には方針を大きく転換しました。
方針転換:
- 撮影時の複雑な構成を廃止
- 撮影後の編集作業に重点をシフト
- AIによるシナリオ生成を導入し、コンテンツ制作を効率化
成果:
- 撮影時の人員を削減
- シナリオ作成の効率化を実現



新たな課題:
- 動画編集作業がボトルネックに
- 編集に時間がかかり、コンテンツの迅速な提供が困難
撮影をシンプルにした代わりに、編集作業の負担が増大し、新たな課題が浮上しました。
2024年6月:教学IRセンターでの新アプローチ
2024年6月12日、教学IRセンターによるオンデマンド配信用動画の制作で、新しいアプローチが試みられました。
目標:
- 演者の動作とスライドを1つの画面に収める
- グラフを綺麗に映すため、スライドの中に演者が入り込むような動画を実現
構成:
- OBS Studio + Zoom + リコー製IWB + Webカメラ(LUMIX)+ ATEM PRO
- PC2台(動画制御・録画用、資料表示用)
- USBケーブル2本、HDMIケーブル2本

システムフロー:
- 資料表示PCがIWBにプレゼンテーションを投影
- IWBの映像がATEM PROを経由して動画制御PCへ入力
- WebカメラがZoomに接続され、バーチャル背景(緑色)を適用
- OBS StudioでZoom映像、IWB映像、音声を統合
- クロマキー合成により、演者がスライドに溶け込む映像を生成

成果:
- 編集作業を最小限にした、リアルタイム合成を実現
- 演者とスライドを一体化した見やすい構成

課題:
- Zoomのバーチャル背景機能では、人間の動きに追随しきれない箇所があった
- 演者の細かい動作(特に手の動き)が不自然になることがある
この課題が、次の進化への転換点となりました。
2025年1月:NVIDIA BROADCAST導入による完成形
2024年6月の課題を解決するため、教務DXプロジェクトでは2025年1月に、ZoomからNVIDIA BROADCASTへの移行を決定しました。
変更点:
- Zoomのバーチャル背景 → NVIDIA BROADCASTのAI背景処理
- より高精度な人物追跡とクロマキー合成を実現
NVIDIA BROADCASTの利点:
- GeForce RTX GPUのAI処理により、人間の動きに正確に追随
- 演者がIWB画面を指差す動作も正確に録画
- リアルタイムでのノイズ除去機能
- オートフレーミング機能
現在の構成:
- OBS Studio + NVIDIA BROADCAST + リコー製IWB + Webカメラ(LUMIX)+ ATEM PRO
- PC2台(動画制御・録画用、資料表示用)
- USBケーブル2本、HDMIケーブル2本
システムフロー:
- 資料表示PCがリコー製IWBにプレゼンテーションを投影
- IWBの映像がATEM PROを経由して動画制御PCへ入力
- WebカメラがNVIDIA BROADCASTに接続され、AI処理でバーチャル背景を適用
- OBS StudioでNVIDIA BROADCAST映像、IWB映像、音声を統合
- 高精度なクロマキー合成により、演者の細かい動作も正確に録画
実現した効果:
- 出演者がモニター画面を指差すと、その指差しも含めて録画される
- 対面授業のような臨場感のある解説動画
- 演者の動作が自然で滑らかに表現される
- 編集作業をほぼ不要にしたリアルタイム配信・録画
制作予定コンテンツ:
- AzaBotの使い方
- アンシンサイトの使い方
- NotebookLMの使い方(徹底活用術)
変遷から見える進化のポイント
この4年間の変遷を振り返ると、以下のような進化のプロセスが見えてきます。
第1段階(2021年):基礎確立
- シンプルな構成で確実な配信を実現
第2段階(2022年):高度化への挑戦
- 複雑な構成で多機能化を追求
- しかし運用負担が課題に
第3段階(2023年):効率化の模索
- AI活用でコンテンツ制作を効率化
- 編集作業の負担が新たな課題に
第4段階(2024年):リアルタイム合成の実現
- OBS StudioとZoomで編集レス化
- 追従性能が課題に
第5段階(2025年):AI技術による完成
- NVIDIA BROADCASTで高精度な合成を実現
- 運用効率と品質の両立を達成
このプロセスは、単なる技術的な進化だけでなく、運用の持続可能性とコンテンツの質のバランスを追求してきた軌跡でもあります。